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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)210号 決定

抗告人 田中一郎(仮名)

相手方 田中トシヱ(仮名)

主文

原決定を取り消す。

本件を神戸家庭裁判所龍野支部に差し戻す。

理由

本件抗告の趣旨及び理由の要旨は、「抗告人は老齢かつ高血圧症のため長途の旅行に堪えがたいので、抗告人の肩書地を管轄する神戸家庭裁判所龍野支部において調停を受け度き旨申添え、昭和三六年八月七日同支部に、徳島県三好郡三野町大字太刀野山三番地の七に住所を有する田中トシヱを相手方とする養育費請求の調停の申立をなしたところ、同日同支部は不当にも抗告人の右希望を無視し、相手方の住所地を管轄する徳島家庭裁判所池田出張所に右事件を移送する旨の審判をなした。よつて、「原決定を取り消す、本件を神戸家庭裁判所龍野支部に差し戻す」との裁判を求める。」というにある。

よつて判断するに、調停事件の管轄は相手方の住所地の家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所に属するから、家庭裁判所がその管轄に属しない事件について申立を受けた場合には、これを管轄家庭裁判所に移送するのが原則である(家事審判規則第一二九条、第四条第一項本文)。しかし、事件を処理するため特に必要があると認めるときは、これをみずから処理することもできる(同規則第四条一項但書)。右の裁量にあたつては、調停申立を受けた家庭裁判所が義務履行地であるとか(民事訴訟法第五条以下に規定した事由)、著しき損害又は遅滞をさける便宜があるとか(同法第三一条参照)いつた事情は勿論、其の他経済的理由或は身体の故障などの理由のため相手方の住所地の裁判所に出頭し難い事情があれば、相手方の事情と比較の上これらの事情をも考慮に入れるべきであろう。けだし、調停事件につき、相手方の住所地の裁判所を管轄裁判所とするのは、当事者の利害関係に基く公平の原則に立脚するものであるが、元来、調停は当事者の互譲による円満解決を骨子とするものであるから、管轄裁判所と異る裁判所にて調停をなすことにより当該調停事件の進行が円滑に行く事情が存するならば、その裁判所にて事件を処理するのが得策であつて、当事者の一般抽象的利害関係より打算した公平の要請に拘泥すべきでないからである。しかして、家事審判規則第一二九条と同第四条第一項但書を比較考察すると、右但書にいわゆる「事件を処理するために特に必要がある」と認むべきか否かも、一つの法律問題として、移送の審判に対する抗告の理由となすことができるものと解せられる。

ところで、一般に隔地者間の調停事件を適切迅速に処理するためには、特に家事事件の特質にかんがみ、家庭裁判所として特別の工夫を要する場合が多いのであるが、特に本件のごとく、調停申立書中に申立人が老齢かつ高血圧症のため長途の旅行に堪えないため御庁に申立てる旨の記載がある場合、もし、この記載が真実とすれば、抗告人(調停申立人)が移送を受けた裁判所に出頭することは期待し難いから、このような場合には、移送を受けた裁判所は再び原裁判所に調停申立人の申立の実情、健康、および生活状況、その他調停の進行上必要な事項の調査もしくは審問の嘱託をする必要を生じ、著しく手続を渋滞せしめる慮れもある。従つて、原裁判所としては、右のごとき調停の申立を受けた場合には、家事審判規則第四条第一項但書の法意にかんがみ、相手方住所地の裁判所に移送するか自らこれを処理するかを決する前提として、少くとも抗告人につき右にかかげた事情の審問もしくは調査を行うことを要するものと解すべきである。なお、右審問もしくは調査の結果によつては、相手方の住所地を管轄する裁判所に、相手方側の事情および調停についての意向などの調査または審問の嘱託をなし、その結果を比較考察して移送するか、或いは自ら処理するかのいずれを選ぶべきかを決するを相当とする場合も考えられる。

かような次第であるから、裁判所が以上の点につき何等の処置をとることなくして、調停の申立を受付けたままの段階において、直ちに移送の手続をしたことは、家事審判規則第四条第一項但書の適用を全く顧慮しなかつた違法があるというのほかは無い。

よつて、本件抗告は理由があるから、民事訴訟法第四一四条、第三八九条第一項を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大江健次郎 裁判官 沢井種雄 裁判官 北後陽三)

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